次世代のリーダーに必要なこととは何か?『「リーダーの条件」が変わった』(大前研一)読書ノート

問題意識――日本は成長期の体制を引きずっている

2011年9月、『「リーダーの条件」が変わった』(大前研一)が発刊された。この時期の日本は、東日本大震災からの復興の道筋に頭を悩ませ、遅々として進まない震災後処理に不信感をつのらせ、放射能という突如目前に表れたリスクを危惧していた。特に、福島原発事故をはじめとする後処理を先陣を切って行う「リーダー」の不在は、当時小学6年生だった私でさえ感じていた。2009年の自民党⇒民主党への劇的な「政権交代」で、民主党政権には子どもながら大きく期待するところがあったのだが、一気に裏切られたような気持ちになったのを覚えている。

毎年発刊される『日本の論点』でおなじみの大前研一も、本書で時の民主党政権を鋭く批判し、日本が持つ構造的欠陥を指摘し、その上で自らのビジョンを示している。
彼の主張は終始一貫している。軸となる主張は「中央(=政府)からの権利を周辺(=地方へ)委譲する。それと同時に地方は、地方の中枢に権利を委譲してまとまり、自立せよ」。平たくいえば「日本(マクロ)ー地方中枢都市を中心とした自立地域(メゾ)ー各都市(ミクロ)」というように、中央と地方をつなぐ中間地点を作るべし…ということである。本書で触れられている電力問題・食糧管理・水道敷設などの様々な問題でこの主張が一貫されている。

そもそも、なぜ地方の権限が中央に集められ「中央から地方へ許可・命令を出す」方式が定着しているのか。地方自治権が薄らいでいるのはなぜか。大前によると、それは「高度経済成長の際、トップダウンで一斉にインフラを整備するため」だったとのことである。日本全国に列車や高速道路の網を張り巡らせるためには、なるほどトップダウン体制であった方が効率が良い。しかし今の日本には、リソースを中央に集中させ、効率的に地方に投資する必要はない。むしろ、地方が各自の現状に即して自律的に意思決定をすることが求められているのではと私は思う。この記事では、本書に書かれていることを整理するとともに、成熟期に入った日本の在り方を今一度考えていく。

本書の構成

本書はまず、第1章で「東日本大震災下でリーダーシップを発揮できなかった菅直人⇒野田佳彦の民主党政権」について論じ、この2つの政権がとった対応のまずさを整理。これを通し、有事の際のリーダーに求められる資質を確認する。第2章では「有事の際のリーダーの育成法」について論じ(※本記事では割愛)、第3章で世界のリーダーの具体例としてキャメロン(英)&メドベージェフ(露)の2人を挙げ、彼らが国のトップとして披露した優れたリーダーシップを示している。最後に第4章では、日本の諸問題に関する大前自身のビジョンを提案している(第4章はほぼ『日本の論点』テイスト)。

第1章:理想のリーダーに求められる資質とは?

★リーダーに限らず「求められる資質」は状況により異なる
└どんな人が”優秀”とされるのかは、置かれている状況により違ってくる

〈平時に求められる資質〉
・言われたことを確実にこなしたり、限られた範囲内で結果を出したりする
・関係者間の調整をうまくできる
⇒こうした人物が出世を重ね、リーダーとして抜擢されていく…中間管理職へ上っていく

〈有事に求められる資質〉
自分より優秀な部下を使い、自分の意思決定が間違っていれば補助を受ける(=意見を聞き入れて取り入れる)
・↑のような体制を、平時の際から整えておく
└こうした人物は平時にも必要だが、後者ができる者が前者を兼ねることができることが多いのに対し、前者ができる者が後者もできるとは限らない(そして多くの場合できない)

難しいのが、有事の際の人材は、平時では疎まれることが多々あるということです。危機の迫っていない平和な時代に「襲われるかもしれないから気をつけろ!」と言っている人間を、普通はめんどくさがり敬遠し、ひどい時には左遷・冷遇します。有川浩の『海の底』でも「有事の人材」である主人公の夏木と冬原は、平時は周りから疎まれていました。彼らの艦長だけが「有事の時はああいう人間が生きてくる」と彼らを庇い、結果的に2人は多くの命を救います。こうした艦長のような人材が、有事に機能するリーダーなのです。

それでは、unexpectedな事態に応えることができるリーダーの、具体的な条件とは何か?大前によると、それは以下の3点である。

  1. スピーディーに判断できる
  2.  日頃からリスク管理ができている
    └〈平時では〉サプライチェーンを分散させ、一拠点が機能不全に陥っても生き残れるようにしておく、など
    └〈有事では〉問題解決の着地点をあらかじめ設定しておく、など
    ⇒これができなかったのが太平洋戦争直前の日本。日米関係が悪化する中、アメリカの対日石油輸出を受けた日本は、燃料不足問題の解決の落としどころを想定していなかったため、東南アジアに進出して太平洋戦争へと突入した。
  3.  行動力・交渉力がある
    └現状の日本の問題でいうなら、
    (1)借金問題の解決(緊急に見えないが最重要の課題を解決する)、
    (2)新興国との関係構築(長期的展望に基づいた協力関係を作る)、
    (3)人材を育成する
    …などを実行に移していくことのできる人間。これらは、天与の才がなくても、訓練次第でできるようになる!

一番頭に入れておかなければならないのは、リーダーシップは天賦の才ではないということである。カリスマ性とリーダーシップの有無は別物として考えるべきだ。カリスマ性のある人間はリーダーシップを発揮できるかもしれないが、カリスマ性がなくても着実なリーダーシップは練習を積めば発揮できる。

第3章:リーダーシップの具体例

★キャメロン首相(英)
└大連立を果たし、その後立ち上げた政府は、「両党の持つマニフェストを単に足し算する」のではなく、お互いが”政府としての”(≠政党としての)方針を示した上で合算し、政権運営にあたった。
⇒連立政権ができた後、単にお互いのマニフェストを足し算しただけだと、個別の政策で齟齬が生まれた際に、簡単に空中分解しかねない(☜鳩山内閣で社民党がさっさと抜けたように)。マニフェストでは「政権をとったらこうします」という主張を行うものの、実際政権を運営するには「政権を取り、この政党と政治をしていく上で、ここは妥協・主張していきます」という現実案がないとうまくいかない。

●…とはいうものの…
マニフェストと現実案が大きく異なっていては、国民の民意がしっかり反映されているとは言えないのではないだろうか。国民は選挙期間中に掲げられたマニフェストから政党・政治家を判断して投票をする。しかし、選挙後に「実際政治運営する上ではコレ無理なんでやめまーす」とされたのでは、国民は裏切られたのと同じである。マニフェストの信用も落ちる。どういった経緯があり、掲げた政策・方針を転換することになったのか、国民にきちんと説明して初めて、この転換は許されると思う。

第4章:大前が日本のリーダーだったら?大胆な改革案

「グレートソサエティ」構想(cf. 「ビッグ・ソサエティ」(キャメロン))
└民間の力を借りて、社会全体で社会を維持していく。それに伴い政府は小さくしていく。
〈例〉教育…リタイアした人など働いていない人達に、それぞれが持つ専門性を生かして学校で教鞭をとってもらう。例えば引退した元公認会計士に、学校でお金の授業をしてもらう、など。
└それぞれが持つ専門性を生かす先ができるし、その道を知らない教師に一から指導法を指導するコストが省ける。

【私の意見】構想自体には非常に強く賛成したい。今後の超高齢化社会の到来を見据えて、現役を退いた人の力をもっと有効活用できれば、コスト面でも、高齢者のアフターキャリアの充実という面でも、いいことがたくさん。加えてNPOなど第3セクターの力も入れていけば、先生の負担も減っていくだろう。
しかし、隘路も多い。革新的アイディアの中に「できない理由」を探すのは好きではないのだが、民間人の教育者としての資質や責任の所在など、考えねばならないことは山積みである。例えば、民間から招かれた人は教育するための教育を受けていない、教育のアマチュアであるが、そうした人物に将来の人材を預けていいのか。優秀な人が、人に教えることも優秀であるとは限らない(長嶋みたいに)。また、民間の人材が教育の場で問題を起こした場合、責任者は誰になるのかも不透明だ。だが、こうした隘路を1つ1つクリアするのに時間をかけるだけの価値のあるアイディアだと私は思う。

道州制への移行(地方を自立させる)
└自治体を大きな”州”にまとめ、中央から権限を委譲する。
⇒地方が中央にカネを無心することに終始する必要がなくなり、自らの”州”の構成自治体同士で団結し、自活するための方策を練るようになる。自活するための努力の中で、自然とコストカットや新しいアイディア出しも促進されていく。

食糧管理を担う「食料局」の設置
└耕作しづらい日本を開発することに投資するより、耕作しやすいのにあまり開発されていない海外農地の開拓に援助し、そこからの生産物を優先的に買い上げさせてもらうことで”自給率”を上げることが可能(※海外農地を所有するわけではなく、あくまでも優先的に購入する権利をもらう)

【私の意見】うーん…。おそらくODAもそういう目的で行われている部分がある(生産物を直接買い上げるという手法ではないが、ODA供与により日本の印象を良くしておき、外交や貿易などをスムーズにして、安定的に物資を調達できるようにする、という間接的効果を期待している側面がある)。しかし、今回のコロナパンデミックのような危機が訪れた際、「海外農地が、国内の供給が滞っているにも拘わらず日本に食糧を融通してくれるのか」という点は気になる。というか、私が食糧供給国側の人間なら、自国の食糧が不足して値段が吊り上がっている時に、開拓資金を提供してくれたとはいえ、他国に食糧が輸出されていたら腹が立つ。確実に送ってもらえるという契約をしておけばいいのではという反論も想定できるが、現地の人々の心理を考えると、どうにも上手くいく気がしない。

★水道の民営化
└市町村単位になっている水道管理を、都道府県単位に一本化。水源確保も水道管整備も、地方中枢からのトップダウンで行っていく。

【私の意見】公的水道事業を民間委託することについては海外でも賛否両論がある。水は超最低限のインフラなので、ビジネスの対象とするためには制約をつける必要がありそう。これに関してはまたいずれ。

★EV(電気自動車)の燃料を、充電カセット式にする
└現在の電気自動車は、内蔵バッテリーに充電することで走っている。スマホに充電コードをさして充電するように、自動車にコードをさして充電して、その電力で走っている。これを「充電カセット式にする」とは、エネループのように、充電された電池を車にはめ込んで走らせるということ。こうすることで、EV推進の3つの隘路である、

  1. 充電インフラの不足
    └ステーション設置の初期コストが原因で充電インフラが未整備。充電カセット式にすれば、ただ充電しておいて置いておくだけだから、既存のガソリンスタンドに導入できる。
  2. 充電時間
    └現状の技術ではフル充電にかなりの時間がかかってしまうが、カセット式なら車に装填するだけで終わり
  3. 高価格
    └現在EVに内蔵されているリチウムイオン電池は高価格。そのためEV自体も値段が高くなってしまう。充電カセット式にすれば内蔵のリチウムイオン電池が不要になるのでその分安くなる

が解消される。

【私の意見】本書の中で、私がもっとも未来を感じた点。車の構造に詳しくないので実現可能性についてはわからないのだが、もしも技術的に可能なのであればEV推進に非常に役立つようになる。これを実行した上で電源の問題(日本の電源の約9割が化石燃料から生み出されている問題。このうち、再生可能エネルギーの割合をどう高くしていくのかが問われている)を解決できれば、自動車起源のGHG(温室効果ガス)はかなり減るのでは?

おわりに

本書では、自分が「平時にも、有事にも、役に立てる人材になるにはどうすればいいか」については、あまり言及されていなかった(育成の仕方…という、育成する側の視点はあったものの、”育ち方”については書かれていなかった)。これについてはまた改めて別の本を読んでみたい。

私は小学生~高校まで、リーダーという役割を担うことが多々あった。それに対して「目立ちたがり屋」「仕切りたがり屋」といった反応を返されることも多く、最近では「リーダーに名乗りを上げること=叩かれること」といった感じが染みついてしまっているところもあった。しかし、練習しなければリーダーとしての器は育たない。今後はそうした周りの視線に負けることなく、素質を鍛えるためにも、率先してリーダーの役割を引き受けてみたい。

【書誌情報】

  • 大前研一『「リーダーの条件」が変わった: 「危機の時代」を乗り越える新しい統率』(2011.9, 小学館101新書)

コメント

  1. K より:

    >民間から招かれた人は教育するための教育を受けていない、教育のアマチュアであるが、そうした人物に将来の人材を預けていいのか。
    学校が持つ機能をうまく分散させると良いかもしれないですね。
    学問を学ぶ場所、人間性を育む場所、、、学校が持つ機能は色々あると思いますが
    前者は通信教育でも良いかもしれないですよね。
    民間の人達は限られた時間の中で必要なエッセンスを動画に集約させることが出来れば
    学校教育だけでなく、民間企業のOJTとしても広がっていくかもしれないですよね。
    Ex:東進の林先生、みたいに○○企業の●●さんの話は良い、みたいな感じ
    動画を記録しておけば人件費削減にもなりますし、偉大な人物の”生の声”が後世に受け継がれていくという意味でも良いと思っています。
    学校の担任の先生は人間性を育む場の教育者として、生徒に寄り添う能力に特化できると良いですが、科目の資格を取って教えている今の体制は見直しが必要になるかもしれないですね。
    いずれにせよ教育現場の変革は必要だなと感じました。

    読書や学びで得た力で「文系の総合格闘技」を楽しく戦ってください!!
    応援しています。

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